第3回ジオパークモニターツアー

こんにちわ☆O田Y子です!
さて、お“タスケ”マンより、「第3回ジオパークモニターツアー」の資料をゲットしましたのでご報告いたします♪本来ならば、ガイドを務めたお“タスケ”マンに書いて頂きたいのですが、O田が代筆しますっ!!


今回のテーマは「近代日本を力強く支えてきた記憶の地」ということで大嶺炭田の歴史を訪ねるツアーとなりました!

大嶺支線美祢線南大嶺駅から分岐して大嶺駅までの小さな支線でした。最初はたった2.8KMしかなかったんです。日露戦争時に海軍省の命により厚狭〜伊佐(現・南大嶺)〜大嶺間を開業したのが始まりです。

大嶺線は平成9年3月31日をもって廃止となりました。それに伴い、大嶺駅も廃止。なんだか、淋しい気持ちになりますね…。

荒川水平抗口跡美祢市有形文化財にも指定。赤煉瓦でアーチ式に積み重なっています。支保様式としては標準。この赤煉瓦坑道を1mつくるのになんと(現在のお金で)100万円かかったそうです!

美祢斜坑跡美祢市には他にも豊浦斜坑跡などがあり、ツアーではそちらも見学しました。

 
ボタ山の見学。ボタ山とは石炭の採掘に伴い発生する捨石(ボタ石)のこと。


さて、ここで美祢市がどれだけ炭鉱で栄えていたのか…ごらん頂きましょうっ!
後ろにある山の様なもの…これが当時のボタ山です!

ハーモニカ長屋と呼ばれた長屋。敷地内には劇場、プール、大浴場まであったそうです!
※写真:「大嶺炭田回顧録むえんたん」より


この他にも美祢市歴史民俗資料館を見学したり、大嶺線跡地へ行き、海軍マークの入ったキーストーンモニュメントも見学したのですが…お“タスケ”マンはガイドで忙しく残念ながら写真がありません。ご了承くださいm(__)m


お“タスケ”マンがガイドを務めたジオパークモニターツアー、皆さん楽しんでいただけたでしょうか?定員いっぱいだったので参加できませんでしたが、次回はO田も参加したいです(^^♪